ご当地グルメの定義って?

30年来の友人M(女性)から久しぶりのメールがありました。「所用で三島駅に降り立ったけれど何か三島名物の食べ物でも楽しもうかと思って」とのたまう。
三島といったらウナギだろうけれど、三島駅周辺にはウナギ屋はないです。
そう返信して放っておいたら、
「駅ビルで名物の牛タン塩焼きを食べた」と報告がありました。
三島近辺で牛タンを食べる文化はありません。だいたい牛肉を食べる文化自体聞いたことがありません。
あしたか牛とか伊豆牛など、無理やり作ったような食肉は存在しますけど、それは三島産ではありません。

友人Mに事実を告げるべきか、しばし悩みました。
結果、おいしく食べて満足したならよいではないかと考えて、事実を告げず黙っていることにしました。

ご当地グルメとかB級グルメなど、無理やり感の否めない商材が増えたせいで伝統的な食べ物との区別がむずかしくなりました。

三島駅にある「名物牛タン塩焼き」。本物の名物になることを祈っています。

増毛駅廃止

北海道、留萌線の廃止に伴って明日(12月4日)で増毛駅が廃止になります。

ワタクシはハゲでも薄毛でもありませんが、小樽の毛無山から見える増毛駅には何かこう「希望」のようなものが感じられます。

そもそもハゲや薄毛というのは何ら恥じるべき要素ではなく、恥じるべきは「ハゲや薄毛を恥じる心」でしょう。

ハゲや薄毛の人を見てカッコ悪いとは微塵も感じませんが、ハゲや薄毛を気にして隠している人を見ると「カッコ悪いなあ」と思うからです。

人間は誰でも「ないもの」がほしくなる傾向があります。毛がなければ毛がほしい、金がなければ金がほしいのです。

そういうことが馬鹿馬鹿しいと悟って、ほしがらない人生を目指したいところです。

増毛駅、長い間ありがとう。希望を持って生きていきます。

合掌

またまた破裂、水道管

アパート住人から管理会社に「水道が漏れているようだ」と通報があり、現地確認したところ、またまた水道管が破裂していました。

今回のほうが勢いがよいです。一般的には「勢いがよい」というのは褒め言葉ですが、水道漏れの場合にはお金のダダ漏れでありマイナスでしかないです。

さてどうするか。

掘るしかありません。水道屋のオヤジと仲よく肉体労働に勤しみました。
前回掘った場所から1メートルくらいメーター寄りの場所で水道管に亀裂が入っており、そこを切断&樹脂管接続を実施しました。
言葉で書くときれいな作業のようですが、実際には泥まみれの汚れ仕事。

今回のダダ漏れで失った水量はメーター読みで約200立法メートル。値段に換算すると約2万円くらいでしょうか。

新しいタブレット端末を買おうかと考えていましたが、水に流してしまいました。という悲しい年末の出来事でした。

破裂した水道管

所有するアパートの水道管が破裂しました。水道検針の数値が異常に大きいため水道局の担当者から連絡があったのです。水道代は約5万円、大した額ではないけれど、うまい棒が5千本買える。そう思うとスゴくくやしいです。

そういえば昨年の9月にも所有する別のマンションで大規模破裂が起きましたっけ。
その時は「昭和の破壊王」みたいな水道屋があらわれて、あちこちコンクリートをハツって大変な騒ぎでした。

昭和に建てられた物件は水道管が鉄管のものが多いので、内側からも外側からも腐食が進み、破裂は時間の問題なんです。いわば時限爆弾付き物件なんですね。

しかし、これをリスクと捉えるか、チャンスと捉えるかで人生の可能性が変わるように思います。

今回ワタクシはこれをチャンスと捉え、水道屋のオヤジに頼んで修理の手伝いをさせてもらうことにしました。

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水道管の修理というのは平たく言ってしまうと「土方作業」なんですね。
ツルハシとかバールとか、そういうのを使って土木工事をするということです。

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汚れ仕事ではありましたが、作業が完了したときの達成感はたまりません。

この工事をとおして、ワタクシはふたつのことを学びました。
①職業に貴賤はないこと
②次の水道管破裂が起きても大丈夫ということ

晴れ晴れした気分で正月が迎えられそうです。水道ごときでそんなこと言うな、とお叱りを受けそうですが。

ピアノが上手な人

ワタクシはピアノ調律師なのでよく分かるのですが、世の中のピアノ弾きは基本的に2種類しかいません。
①ピアノが下手な人
②ピアノがすごく下手な人
これが基本で、あとごくわずかに上手な人が存在します。

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これには明らかな理由があります。ピアノ弾きの多くはピアノを非常に熱心に練習するけれど、ピアノのメカニズムに思いを馳せている人がほとんどいないからです。

たとえばモータースポーツの世界ではレーサーはバイクやクルマのメカニズムに精通していることは必須です。メカを自分の手足のように操る必要があるからです。

ポルシェのレース用新型のテスト映像を見た評論家が「新型はひょっとしてミドシップかな?」とつぶやいたそうです。コーナーリングの挙動を見てそう思ったのでしょう。
後日のニュースでレース用新型ポルシェはミドシップと発表されたそうですが、この評論家はクルマの重心がどこにあるのか、という視点でコーナーリングの挙動を見ていたに違いありません。また、そのようなわずかな相違を見逃さないこの人の運転技量が相当のレヴェルであることも容易に想像できます。

ところがピアノの世界ではピアノ弾きは練習こそ熱心なものの、メカニズムに注視することは皆無に等しいのです。これでは上手な人が育つわけがありません。

ピアノが上手い人になりたければピアノのメカニズムに関心を持ち、指の動かし方と音との相関関係に最大の注意を払うことです。

初めて弾いたピアノの感触から「このピアノはひょっとして鍵盤のストロークが長いかな?」などと言えるようにまでメカニズムに精通したら完璧でしょう。

ただ、それをやったからといって著名なピアニストになれるという保証はできませんけどね。

免許について考える

高齢者の交通事故が相次いでいます。罪のない人が怪我をしたり命を落としたりしていることにワタクシも心を痛めているひとりです。

免許返上を促す意見に対して、過疎地域の高齢者からクルマを奪うのは生活を放棄せよと言うに等しい、という反対意見があります。

ここで免許制度についてもう一度考えてみませんか?

免許とは免じて許す、つまり運転技能が基準に達していることを条件に付与するという制度ですよね。

生活に支障があるという視点で語られると論点がずれてしまって、論理的な意見交換にならず、感情でものを言う泥仕合になってしまいます。

過疎地域に住む高齢者の生活に支障があるという意見の方に申します。両親に育児放棄された幼児(乳児でもよい)に運転免許を与えますか?育児放棄された幼児だって移動の自由がないという点では生活に支障があるんですよ。

また、不便な地域に住んでいても、便利な地域に移動(移住)する自由があります。それを検討しないで不便だから免許が欲しいというのは間違っています。欲しいというなら免許制度に即した技能が必要でしょう。

一度手にしたものを返したくないというのは利権を手にした権力者と精神構造は同じです。大変みっともないです。

過疎地域に住むのは自由ですが、その自由の代償には責任というものがあります。その責任とは他人に迷惑をかけないということ。

過疎地域の高齢者が、そんな簡単な理屈が分からなくなってしまったのかと落胆したと同時に、そんなことも分からないのだから免許は返納していただきたいですね。

おかしいだろ、価格設定

今日は天気がよかったので妻とふたりで山梨、富士五湖周辺と箱根をドライブしました。買ったばかりのゴルフはRというスポーツちっくなモデル。これがおもしろいのなんのって。


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これに乗ってドライブを開始したのですが、ちょっと小腹がすいたのでうどん屋「さぬきや」に寄ってひと休み。
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注文は「いつもの」。

十年ぶりくらいですけど。

とりあえずかけうどん380円。

それとカレーうどん400円。


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ん?おかしいだろ、この価格設定。

○亀製麺なんかだと、かけうどん290円カレーうどん410円という感じなんですけど。


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山中湖。ムダに広いですね。いつも箱根の芦ノ湖を見ているのでそう感じます。
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箱根の紅葉

京都の紅葉と同じような進行具合です。

抜け落ちる髪の毛を思いながら季節は進んでいくのです。

合掌